勇気だして「いじめ」はねのけて

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勇気だして「いじめ」はねのけて

──────  毎日新聞記者 阿部菜穂子さんの声  

 

「バカ」「ノロマ」と八年間も言われ続け、いじめられていた埼玉県に住む中学三年生のA子さん(15)と出会ったのは、毎日新聞東京社会部に「こども相談室」が開設された二日目、今月(1985年11月)2日だった。A子さんは家族が外出して誰もいなくなった機会に思い切ってダイヤルを回した、と言っていた。自宅を訪ね、会ってみると彼女は典型的な”いじめられっ子”。だれにも訴えることができず一人でじっと耐えていた。彼女のことを報道した記事(五日付)は大きな反響を呼び、三十件を超す激励の手紙や電話をいただいた。女子高生から七十四歳のお年寄りまで。A子さんはひとりぼっちではなかった。

だが「いじめと体罰」取材班の一人として各地の学校を訪れ、「こども相談室」にかかってくる悲痛な訴えを聞いてみて、A子さんと同じ悩みがどこにもありながら、訴える場所を見失っていることも知った。

二十日夜には、また一人、東京の女子中学生が、いじめが原因で自ら命を絶った。この子たちを救う道を社会が懸命に見つけなくてはいけない。いま、せめて全国の「A子さん」たちに私は「勇気を出していじめをはねのけて」と声をかけてあげたいと思う。

いじめられ続けて8年

「学校へ行きたくない。つらい───」。A子さん、耳に残った電話の向こうのあなたの声がどうしても気にかかり、二日後、私は思い切って埼玉県の自宅へあなたを訪ねました。「来てもらってもどうなるというものではないんです」───玄関口でそう言っていたお母さんのそばで、あなたは困惑しながらも、二階の自室へ通してくれました。こたつで向き合い三時間。あなたはいじめられ通しの八年間のことを少しずつ話してくれました。元気のいい妹さんが時折、部屋へ入ってきては「いまさら話したってしようがないじゃない」などと言っていましたね。正直言って出掛ける前まで私は”いじめられっ子”の心理がよくわかりませんでした。自分が学校にいた時いじめられた経験がなかったこともあります。

お母さんや妹さんが「もうちょっと要領よくやればいいのよ」と言っていましたが、私もそんな気持ちをもっていたのかもしれません。でもだからこそ知りたかった。だれもが言いたいことをいっぱい抱えて生きているのに、それをまともに聞いてももらえずにいる1を黙って放っておいていいのか───そんな気負った思いも少しはありました。

転向した小二の時からばかにされ、毎朝教室で大勢にランドセルごと倒されたり、頭を柱にぶつけられた。帰りに待ち伏せされて農家に連れ込まれ、牛のフンを顔に塗りつけられた……。そんな状態が六年まで続き、期待していた中学でも変わらなかった。先生にも相談したが”自分で解決しろ”と言われて突き放され、いじめっ子からは”チクリ(告げ口)魔”と言われてさらにひどいことをされた────。

案の定、私はあなたから聞いた八年間の「いじめ体験」の重みで押しつぶされそうになりながら帰ってきました。いったい何が悪いのか。本来なら将来のことを目を輝かせて話す中学三年の女の子が、生きることのつらさを訴えている。「学校なんか大きらい。先生も信用できない」。帰り道、あなたの叫びを繰り返し思い出していました。

リンチ受けあざだらけ

A子さん、でも悩んでいるのはあなただけではありませんでした。この三週間余り「こども相談室」の電話は鳴りっぱなしでした。相談の内容はあまりに深刻でつらく、時には「もうこれ以上聞けない」と途中で切ってしまいたくなるようなものもありました。五、六人の女の子に泥をかけられたり、おもちゃで舌をはさんで引っ張り出されるなどのいじめを一年間も繰り返されていた小学校二年の女の子、裁縫ができるとねたまれ、リンチを受け学校へ行けなくなった女子高生、あざだらけで泣く小四の息子を前にオロオロするお母さん……。

学校の先生は取材拒否

あまりにひどいいじめや体罰があった時、私は何度か学校へ取材に行きました。でもそこで私が体験したのは、残念ながら無責任と言わざるを得ない学校の先生たちの態度でした。東京のある小学校で、男の体罰先生がいました。その体罰は学校へ入ったばかりの小さな新一年生たちが次々登校拒否を起こすほどひどく、一人は骨を折る大ケガをしたと聞きました。学校の校門で子供たちひとりひとりに尋ねると「忘れ物をして首をしめられた」「〇〇君がふざけた時、先生に抱えられ床に落とされた」……次々事実が明らかになりました。

ところが学校や先生は「何も話すことはない」と取材拒否で、顔も見せませんでした。またいじめを苦に女の子が自殺を図り、危ないところで命をとりとめるという事件のあった中学では、信じられないことに校長先生は知らん顔で、「そんなことはいっさいなかった」と言いました。別の小学校では、体罰先生を怖いと言った子供たちの訴えを父母が校長先生に伝えたところ「体罰などない。子供はウソをついている」といわれたそうです。

いじめ問題に真剣に取り組んでいる先生がいないわけではありませんが、総じて、学校側が、悩みを持つ子供の訴えにきちんと耳を貸さず、家庭でもどう対応していいかわからないまま、自体が深刻化してしまっているというのが取材を通じての実感です。

本当は、あなたの学校へも言ってみたかった。でもあなたが「行かないで」と言ったのでやめました。それでも、記事を呼んだ人たちからあなたあてに届いたたくさんの激励の手紙をもって私が二度目に訪ねた時には、笑顔で迎えてくれましたね。少しずつですが、あなたを取り巻く環境がかわってきていることを知って、わたしもうれしかったし「もう少しよ。がんばれ」と祈らずにいられません。

今年に入り自殺者8人

この記者の目を書いていた二十日夜、東京大田区で同級生にいじめられていた中二女子が、マンション十階から飛び降り自殺しました。彼女も苦しんでいた時、先生たちに訴えていたのに、先生方は本気で取り組んでくれなかったふしがみられます。今年に入って八人目の自殺者。もうこれ以上犠牲者を増やしてはいけないと思います。逃げ場を失った子供たちが、さまざまの形で悩みを訴えようとしている。そのシグナルをのがさず、しっかりと受け止めてやることが、学校の先生をはじめ、子供たちを包む人々に求められているのだと、いま切に思います。

 

阿部菜穂子(社会部)  1985年11月23日毎日新聞『記者の目』より

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