高明寺レポート
あなたはひとりじゃない
あなたはひとりじゃない
大平 光代
光文社 より
17歳の息子はキレやすい性格
わが家は、現在17歳になる長男が小学校低学
年の時、父親の死を機に関西から北海道に引っ越
してきました。
その直後、長男は小学校で関西弁を理由に仲間
外れにされ、いじめに遭いました。これをきっかけに、
他人とコミュニケーションをとるのが苦手な子になって
しまいました。高校へは進学したのですが、今でいう
”キレやすい”性格で友達とのトラブルも絶えず、
暴力、暴言がどんどんエスカレートして、今年三月、
とうとう退学しました。
退学後は、新聞広告で建築関係の仕事を見つけて
きましたが、これも、親方とけんかをして、わずか
一カ月で辞めてしまいました。最近は、私に経済的
余裕がないのを知っているので、暴力を振るいながら
私の兄にお金を借りてほしいと言ったり、始終
イライラしています。それでも家にいるというのは、
「てめえが悪いから、いつか殺してやろうと思ってんだよ」
と言いますから、
「じゃあ、今、殺しなさい」とわたしが返すと、
「じわじわ苦しめて殺さないとおもしろくねえだろうが」
よくよく考えれば、死んだ父親というのが、なにかと
いえば、子供に手を上げる人でした。恐らく、小さい時
の息子の記憶には、怒鳴られたり、叩かれたりしたこ
としかないのです。だから、私やいじめた友達も含
めて、まわりの人間は、みな ”敵”なのです。
定職にもつかず、このままいけば、取り返しのつか
ないことになるのではないかと恐れ、しばらく、別々
に暮そうかとも考えています。
(北海道 J.Fさん 四十四歳 パート )
お腹を痛めて産んだ我が子に対し、「今、殺しなさい」とは、さぞ、
辛かったでしょう。
でも、お母さんも気づいているでしょうが、息子さんの「殺す」
という発言は、本心ではないと思います。うまく愛情表現ができ
ないゆえの暴言、つまりは甘えだと思います。
ただし言葉の荒れが、非行に走る初期のバロメーターになると
いうのは本当です。「うるせえんだよ、ばばあ」という暴言が
本心から出たものか、それとも、単に口の悪さから出たものか
は、言われた当事者の母親にはわかると思うのです。
もし前者なら、その時点で、きっちり子供と向き合って、
その不満や怒りの原因を話し合うべきです。
キレやすい--最近、こうした子供が急増しているというのは、
私が受ける相談からも実感しています。
ただし、J.Fさんの息子さんの場合、根本的な原因は父親の
暴力にあると見て間違いないでしょう。幼少のころから暴力しか
与えられていないわけですから、「他人を思いやって」と言って
も、急には難しいのです。
児童虐待というのも、最近本当に多いのです。そして、この
ケースにもいえると思いますが、子供にとっては、父親が自分
に対して暴力を振るっている時、それを止めることができない
母親も同罪なのです。
こうして、虐待を受けていた子供は暴力によってしか自己表現
できなくなる。同時に彼らは自分を責めます。親から暴力を
受けるのは、自分が悪いからだと思い込むのです。
では、その児童虐待のいまわしい連鎖を、どこで断ち切るか
ということですが、J.Fさん一家の場合、お父さんがすでに
お亡くなりになっているので、これからお母さんができることを
中心に考えたいと思います。
まずは、お母さんにしたら、自分は息子から敵と見なされて
いると感じるかもしれませんが、やはり、いちばん身近な味方
になってあげることが大切です。これは、母親にしかできない
役目なのです。
また仕事が続かないと嘆いていますが、新聞広告で職場を見
つけてきたくらいですから、やる気はあると思います。親方と
の相性にしても、たまたま人間関係の巡り合わせが悪いとい
うこともあるのではないでしょうか。
気をつけなければいけないのは、甘やかすのとは違うという
点です。お金の無心をされて言いなりに与えていますと、ま
すます小さな暴君をつくってしまいます。これは、やめていた
だきたいのです。しかし、この時、息子さんからさらなる暴力
を受けることも十分、考えられます。ですから家庭内暴力、
児童虐待といっても、その対処法をひとくくりにして話すこと
はできないし、危険なのです。
また、J.Fさんが子供によかれと思って別居の方法を選択
した場合、彼にしたら、幼児期に虐待を受けていた時同様、
またも母親から見放されたと思うかもしれません。
それを思うと、母親がすべてをひとりで背負うのではなく、
親戚の方など、家庭の事情を知ったうえで親身になって協力
してくれる存在がいるといいのですが。まずは、身近にいる
J.Fさんのお兄さんにすべてを打ち明け、力になってくれる
ようにお願いしてみてください。
実父から暴力を受けていたことを思うと、時間はかかるで
しょうが、息子さんが心を開いてくれる日が早く訪れること
を、心から願っています。
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